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いろんなことをつぶやくDJ番組的なブログ。文章書くことはまだ修行中の身です。


ネット海へ放ったいくつかのボトルメール( Messaga in a bottle )       カテゴリーは工事中です



安冨歩さんの本をさらに2冊読んだ

読書 心理

 「あなたが生きづらいのは『自己嫌悪』のせいである」という本を読んで,気づかされることがとても多かったことを,一昨日のエントリーで書きました。

nagoyanian.hatenablog.com

 で,この本を書かれた安冨歩さんという方にすごく興味を持ったので,ネットで2冊ほど注文しておりました。それを正午前,いつもの宅配の方が雪の中,配達して下さいました。

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 前回と同様,今回もその内容から覚え書きです。以下は「生きる技法」から。本を抜き出したというよりは,私自身の覚え書きです(ですから,私の考えが入り込んでいるところもあります)。

1 自立とは(依存しないことではなく)多くの人に依存すること

 従属とは依存できないこと/依存できないから従属する
 無所有という戦略/離婚したり親を捨てたり……(つまり従属しない)

2 誰とでも仲良くなんてするな

 幼少時から親に従属しすぎで対等な人間関係がなさすぎ
 都合の良い像を押しつけ合うのが破壊的構え(そんな相手からは逃げろ)
 友達を選べ(創造的構えの友達から友達を紹介してもらえ)

3 「自分を嫌ってない状態」が自愛(何てシンプルなんだ!!)

 愛は自愛から,執着は自己愛から/憧れてはいけない
 身につけるべきもの(目標)を高くして自分をダメなヤツにするな
 身につけるべきものなんてのは,ただ必要だから取り入れるだけのもの(自己嫌悪を伴う必然性などはない!)

「商品とお金」でなく「歓びと謝礼」

 お金無しの生活の実験(留守番をして渡り歩く人)
 人と交わり欠点と向き合い改めながら依存する
 お金は依存できる人を増やすために使う
 人同士をつなぐお金は,信頼なしの交換もできてしまう
 しがらみを断つために使える/自立するために必要なのではない

5 自由とは「選択する自由」ではない

 金≠自由 地位≠自由/豊富な選択肢≠自由/選択肢から最善の選択≠成功
 「選択」という設定自体が危険(迫られたら逃げろ!)
 人生の目的は感じるもの(言葉になれない存在,表現できてしまうならそれは「押しつけ」でしかない)

6 夢とは人生の目的を小型化したもの

 必要なものを金でなく「念力で」手に入れる(宇宙に注文を出す)
 否定で記述された物は夢になれない
 夢の実現自体に意味はない(意味は過程にある)
 夢が実現してもホッとするだけ(エリートのジレンマ)
 感じるのを恐怖する心は育ちに由来(社会に好都合な感覚の押しつけ)

7 「自分は悪い」と思い込まされていることが自己嫌悪だ(他人から押しつけられている)

 色々な立場から物事を眺めるのは,
 「自身の利害」と「自身を支配する者の利害」を対立させること
 自己嫌悪は感覚の否定/依存することで自己嫌悪を克服できる
 自己嫌悪とは態度だ

8 成長とは生きる力の増大であり,願うことで実現される

 成長すると安心し,衰退すると不安になる
 感覚に対しては努力しても無駄

 いきなり「公理」「定理」と始まりましたから,スピノザの「エティカ」を意識されているのかなと思ったら……やはり後書きに出てきました(「エティカ」のほう,私はいまだにもたついたままになってますが)。で,一昨日に読んだ本は要するに,この本の「自己嫌悪」に関する部分をクローズアップしてわかりやすく説明したものだったわけですが……こちらも買って良かった。とても深い洞察で……私の中で混沌となっている,いくつかの物事に対する答えがあったような気がしています。問題がより広く扱われているけれど,それらの物事の<縦のつながり・横のつながり>がとてもクリアに提示されている。私にはとてもよく理解できた(と思っています)。気づかされること,ほんと山ほどありました。私はさすがに「行動として」年老いた親を見捨てることはできそうにありませんが,精神的に親に従属したままでいないことの大事さは十分に理解できました。まちがいなく,今の私にとって必要な本だったと思います。

「お金」については以前から,一度ちゃんと考えてみたいと思っていたんです。預金の残高が少なくなっていくことに対してストレスを抱えすぎている自分というのが,いったいどういう事態に巻き込まれているのか,それをぜひとも考え直してみたいと思っていたんです。そういうことのヒントになりそうな事も話してくれています。いま,一読しただけではまだ答らしい答を引き出しきれていないのですが,これまでの自分では考えつかなかった着眼点から何かヒントをもらったような気がしています。

 「ありのままの私」のほうは,安冨先生が女性装をはじめるに至った,さまざまな考えと実際の行動が綴られています。その「自由な自分」に至るまでにはしっかりと葛藤なさったはずなのだけど,自由な人というのはこういう人なんだな……ご自身の写真がカラー写真でたくさん紹介されています。言い方はすごく変化も知れないのだけど,本当にお綺麗です。女性装が肩肘張った「ポリシー」で終わるのでなく,女性装を楽しんでおられるといった有り様がとても楽しそうで。そうか,自由な姿って「楽しそう」で,見ているほうも肩の力がどこか抜けてしまうようなものなのですね。

 常識なんてどうでもいい,自分はこうしたいんだ——という生き方がとても清々しいなと思った。すごいってより「エレガントで美しい」生き様だなって。でも「羨んで」も「頑張って」もいけないんだ(笑)。幸せというものの「感じ」を探りながら生きること,安冨先生はそうおっしゃいます。私はまだまだ「頑張り過ぎて」いるけれど,1日1日を楽しみたい。最近は……読書が本当に楽しいです。

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