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いろんなことをつぶやくDJ番組的なブログ。文章書くことはまだ修行中の身です。


ネット海へ放ったいくつかのボトルメール( Messaga in a bottle )       カテゴリーは工事中です



「モンスターマザー」という本を読んだ

読書 社会

(副題は 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い

 

 はてなさんのおすすめ記事としてしばしば紹介される「いつか電池がきれるまで」というブログにお邪魔したときに,ちょっと気になるタイトルの本が紹介されていた……。

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 ブログ主様は「親と子の問題」としてこの書物を紹介されていたわけですが,折しもイジメに関するネット記事でちょっと感情的になっていたところでして,電子書籍を衝動買いしたときには「モンスターマザー」って言葉をうっかり鵜呑みにしていたのです。この本が型どおりの「いじめ自殺のルポ」であるように勘違いしていたというのがあったのですが……ともあれ読み始めたのでした。

 とにかくノンフィクションを客観的に追っていくルポですから,2時間ちょっとぐらいで読み通せました。それにしても,糸というのはどこまでも掛け違えてしまうことがあるものだなあ……と驚くばかりでした。

 マスコミの「切り取った報道」は私もすでに気づいているところですが,校長からはじまって,果ては有名な弁護士やルポライターまでもがモンスターに巻き込まれていく様ってのは……何だかすごかった。この事件の報道とか訴訟とかがまだ進行中だった頃には,不幸にして命を絶ってしまった高校生の母親は「被害者として」,高校の先生方やバレー部の生徒たちは「加害者として」,それこそイジメ事件の典型的な(被害・加害に関する)テンプレに沿った報道を目にした一般人がその印象だけで好き勝手言ってたわけですよね。怖いなあ。。。

 ということはやはりYahoo!あたりで拾ってくる記事というのも,あの文章だけを根拠にして感じたことだけ(というかマスコミに印象づけられたとおりに)を論拠にして何かを言うことは危険なことなのかも知れない。私が何かそういう記事をネタにしてブログで意見を述べたとき,その意見(らしきもの)てのは結局は典型的なテンプレに沿った定式どおりの構図上にすでに立たされてしまっているところから生まれてしまってるんですものね。うわ〜。。。

 この本はどう読めば良いんだろうか? 明らかに周りに「不条理をまき散らして巻き込んでいく人がいる」話として読んでおればよかったのだろうか? 権力(権威)vs 弱者という構造の上に立って進んでいく話は多いけれど,横暴を働くのはどちらでもあり得るということなんですよね。我々は権力に従うようにして生きることを好む(やむを得ないと感じている)一方,その権力を行使している側から不条理を押しつけられて怒りに同調することを好むところがあります。もちろん現状に対する批判ではなく,「僕らってそういうものだよな」……といった話です。

 あまりにもドラマティックだし,巻き込まれてしまった様々な人(とりわけバレー部員だったり,とても誠意をもって行動していた学校現場の先生だったり)が不憫でならない。ふつうに生きていて,裁判が生活の中心になってしまうということはあまりにも過酷なことだと思うのです。でも……マスコミが好んでテンプレにする物事の裏返しみたいなことってのはあるんですね。ちょっとぐらい不条理なことが身に降りかかっても,決して驚いてはいけないと思わせてくれるようなストーリーでした。なんだか……怒りながら読むことすらできないほどに糸が掛け違えられていく様には圧倒されましたが,結局は「いじめ」の本というよりは(これもまた私がよく話題にしているところですが)やはり「毒親」と「子供」のねじれた関係からもたらされた悲劇に関する話ですね。母親の顔色を見て,母親に辻褄を合わせて生きるしかなかった矛盾とか抑圧とかが……こういう形で破綻を招いてしまったんだろうな。どんな気持ちで命を絶ったのだろうか。不条理だったというよりは,折り合いをつけることに疲れたのかも知れない。いずれにせよ,心が苦しくなる。

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