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いろんなことをつぶやくDJ番組的なブログ。文章書くことはまだ修行中の身です。


ネット海へ放ったいくつかのボトルメール( Messaga in a bottle )       カテゴリーは工事中です



「黒白つける態度」ってのが何かとしんどい

社会 覚え書き かため

 

 そうか……何かにつけ「黒白つけなきゃならない」って思いすぎてるんだな。

 夫婦関係は,許せないことでも許し合えることを前提にして成り立っているような気がします。何事をもどちらかが「ごめんね」と言うまで許し合えないことにしていたら,そんな関係なんてとっくに破綻しているでしょうし(笑)。あるいは親子関係(とりわけ子から見た親)にもそういう側面がある。親というのは親子関係を楯にして,案外,不条理なことを言っているものです。友人関係もそうだと思います。余程のケンカでもなかったら,黒白つけろなんて物騒なやり方で争ったりしなかったような気がします。こちらが「ごめんね」と言えば,向こうもまた「いや,こっちこそごめんね」と言う——そんな感じで終わりますよね,ふつう。

 一方,それが全く面識のない人間が相手だったとすればどうでしょう。それでも結構な割合で「ごめんなさい」「いや,こちらこそ」で済んでしまうとは思う(思いたい)のですが——あまりにも酷いことをされたときには,黒白つけようとして頑張ってしまうことがあるかも知れません。このごろ,お年寄りとの間で何かそういう物事が多い。彼らは何だか「許されて当たり前」って態度で臨んでいて,最近ではそれが高圧的にさえ思えてしまうような場面によく出くわすんですよね。あまりにもヒドいと引き下がれなくなってしまうことが……実に悲しいことなのですが,しばしばあるんですよね。

 あえて中立的に言えば,許されたい側許さない側も妙にエスカレートしてる感じがしています。許されたい側の言い訳も許さない側の正義感も……きっとどちらもが肥大しすぎているのでしょう(肥大せざるを得なかった,という言い方のほうが適切かも知れません)。だからこそ黒白つけるやり方が当たり前になりつつあるのでしょう。

 もともとの日本はおそらく「許す」文化で,最近の日本とか西欧は「許さない」文化とでも言えばいいのでしょうか。いや,最近のマスコミが流すものに「黒白つけよう」って態度が色濃く現れすぎてるから,それに染まっているだけなのかも知れない。世代間対立に関して言えば,お年寄りの世代というのは「彼らの年長者」からさんざ抑圧されて生きた世代だと思うのです,それこそ有無を言わさず「年長者を敬いなさい」と言われながら。歳を重ねて得たはずの既得利権がこの社会において急速に通用しなくなったことで,その損得勘定をめぐって不条理感を抱いてしまう余り,彼らが信じてきた価値観を楯にして「無い物ねだり」してしまっている状態なのかも知れません。会社組織のあり方だって上司の側がかざしてくるものはすべて,(事実上)終身雇用が保障されていた頃のそれですからね。御恩と奉公の根拠にあたるものが崩れ去ったあとのそれは,パワハラと言われても仕方ない価値観だと言わざるを得ないところがあります。まさに新旧入り乱れて,世代間とか古いヒエラルキーとかの間でちょっとした「情動的な戦争」を迎えているのが今なのかも知れません。

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