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いろんなことをつぶやくDJ番組的なブログ。文章書くことはまだ修行中の身です。


ネット海へ放ったいくつかのボトルメール( Messaga in a bottle )       カテゴリーは工事中です



【読書録】顔ニモマケズ〜どんな「見た目」でも幸せになれることを証明した9人の物語

読書

 

 「見た目問題」——そう。「見た目」(外見)についての話です。

 さまざまな病気によって顔の外見に対して問題を抱えてしまいながら,力強く生きている9人の方へのインタビュー集であり,インタビュアーである水野敬也さんがその中で「学んだこと」がインタビュー毎にまとめられています。昼前に立ち寄った最初の書店で見つけて,今日最初のエントリーで少し触れていた(夜に感想を書いてみようって)その1冊です。

 

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 我々は「見た目」でいろんな物事への印象を決めつけてしまいがちで,だからその第一印象でそのあとの関わり方が決まってしまうところが多々あります。通りすがりだったら……ジロジロと見られて,でもすぐさま目を背けられて。で,それが同級生とかだったりすると……今度は,真似されたりニヤニヤされたり辛いコトバを投げられたり。人ってどうして「関わりを持たない」ときにあれほどよそよそしくて,でも「関わりを持つ」と相手に対してそんなふうに出てしまうのだろう。

 ご当人のほうはやはり「普通」になりたいから手術をする。一方的に苦しい思いを引き受けることを余儀なくされる。上手くいかなかったり,何度も手術を繰り返したりもする。結局,普通になり得ないのだという現実に直面することになる。ほんと運命的な不公平を強要されてしまっているわけだけれども,実際には誰もが確率的なものとしてそうしたことの当事者になる可能性があったはずなんですけどね。不条理って何なんだろうな……考え込んでしまいます。

 不条理を受け入れることは生易しいことなんかではない。他人事のようにして,意志が強いとか弱いとかって言い放って終わるような話ではない。「受け入れる」といえばポジティブなコトバになり,「折り合えた」といえばほんの少しだけ希望の感じられるコトバになるだろう……もはや傍観している私がそんなふうに勝手なことを思うのもある意味ずいぶんと残酷なことだ。でもしっかり考えておきたい。なぜなら,おそらく実際の私自身が「見た目」でいろんな物事への印象を決めつけてしまっていて,その第一印象でそのあとの関わり方を決めてしまいながら生きてしまっていたはずだから。

 

 冒頭にも書いたとおり,この本では9人の方が紹介されています。最も印象に残った方のことを書いてみます。4人目に紹介されている,口唇口蓋裂のタガッシュさんという女性について。中学までは外見のことでイジメに遭い,死にたくなるほど辛かったらしいのですが——デザイン科のある高校に進んだら状況がガラリと変わったのだそうな。特撮の悪役が好きでその絵ばかり描いている人とか,死体(!)の絵ばかり描いている人とかがいて,排除するどころか「ここに傷があるといい」とアドバイスするような人がいた……

A ……そして,そういう人たちと話してみて分かるのは,中学時代は居場所がなかったり,友達が少なかった人たちだったりするんです。
Q 自分と同じような境遇の人と出会えたことで安心感があったということでしょうか?
A うーん,安心感というのはちょっと違うかもしれません。
  逆に,私の中で焦りのようなものが生まれました。「私,すごい普通だからこのままだと埋もれてしまう」という。
Q それまでは自分自身に対してどのようなイメージを持っていましたか?
A 症状があることで,自分は普通じゃないと思っていました。悲劇のヒロインというか,普通の人とは違う症状があって「可哀そうな人」というイメージでした。
  ただ,高校に入ってからそんなことはどうでもよくなりました。……
「顔ニモマケズ」(水野敬也 文響社2017)P.82〜83より引用 <強調(赤)はnagoyanianによる>

 自分の世界を大事にしていて,周囲の人を自分の世界に引きずり込もうとする人たちに囲まれていたらしい。タガッシュさんはそんな状況を,次のようにも表現しています。

Q いじめのようなものはなかったですか?
A ありませんでした。いじめって集団の中で「異物」を排除しようとする動きだと思うんです。ただ高校の同級生はみんながそれぞれ「異物」だから,そもそも異物が存在しないんですよね。
「顔ニモマケズ」(水野敬也 文響社2017)P.84より引用 <強調(赤)はnagoyanianによる>

Q ……環境を変えたことによって,意識に大きな変化が現れたように感じます。
A それは本当にそう思います。私は小学校・中学校時代,友達は片手で数えられるぐらいしかいなくて,いじめもあったし……でも,そういう狭い世界で生きていると,学校だけじゃなくて,社会全体が自分の敵に思えてくるんですよ。「この場所で,こういう状態なら,きっと他の場所も全部そうだろうな」という風に。だから家を出るときは戦いに行くという気持ちで出かけていました
「顔ニモマケズ」(水野敬也 文響社2017)P.86より引用<強調(赤)はnagoyanianによる>

Q そういう人たちは,どうやって悩みや劣等感を乗り越えていったらいいのでしょうか。
A ……私,ヘヴィメタルが好きなんですね。……(中略)……
  それで,私が思うのは,これまで私は「好きなもの」に助けられてきたってことなんです。絵を描くのも音楽を聴くのも最初は現実逃避から始まりましたが,自分が好きなものを見つけられるってすごく大事で,絵を描いているときも音楽を聴いているときも,気持ちを素敵なものに向けることができます。でも,それがないと「ああ,自分はどうして顔の症状があるんだろう」とか「どうしていじめられるんだろう」とか,そういう気持ちがぐるぐると頭の中を回り始めてしまいます。そうならないためにも,まず,何でも良いから好きなものを見つけることが大事なんです。……(中略)……
 そして,もう一つ大事なことは——自分と同じものを好きでいてくれる人が必ず世の中にいますから。そういう人たちとつながってほしいです。
「顔ニモマケズ」(水野敬也 文響社2017)P.89〜90より引用<強調(赤)はnagoyanianによる>

 本当にさらっと流し読みした段階なのですが,この方のインタビュー……何かとても心に引っかかったんですよね。著者でインタビュアーをつとめた水野さんは彼女の高校生活を,「人種のるつぼ」であるアメリカ社会が近年「サラダボウル」と呼ばれる(らしい)ことになぞらえています。つまり粉々になって混ぜ合わされているのではなく,混じり合っていても個々の野菜は原型を保って存在しているということ。

 そういう世界(というか,そういうふうに意識された世界)がとても素敵なものに見えます。存在するそれぞれが自信を失くすことなく,相手を巻きこみつつ共存しあえるって最高ではないですか。何かが何かの引き立て役で,何かが場の空気を読んで取り入るかのように存在感を薄くすることに気を揉んでいる——今生きている場所がそういう場所のように……本当そう見えてしまっていたんですよね。その見え方に対して諦めを抱いてしまっていた私自身にも,しっかりと疑問を持つことができそうな……そういう勇気を与えてくれたような気がしているのです。

 9人それぞれの物語があります。いろんな切り口から「見た目問題」について,正しい疑問をもつ手がかりを貰ってみたい。決してきれいごとだけで片付く問題なんかではありませんが。

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