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いろんなことをつぶやくDJ番組的なブログ。文章書くことはまだ修行中の身です。


ネット海へ放ったいくつかのボトルメール( Messaga in a bottle )       カテゴリーは工事中です



「情報」としての本,「モノ」としての本

読書 気づき バリかた

 

 土曜日に何げなく衝動買いしてしまったのが,この本。

 

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 最近はKOBOで電子書籍を買う機会が劇的に増えています。この1〜2ヶ月に限っていえば,1週間に2冊ぐらいのペースで買ったような気がします。でも……電子書籍書物を買うってのは,意味だけが抽出された文章(文字情報)を割り切った形で買っているということではあるんですよね。音楽でいえば,譜面を忠実に再現したMIDI(SMF)ファイルを買っているようなものかな(デスクトップ・ミュージック寄りの専門的なコトバを持ちだしてごめんなさいです)。それこそ1990年台〜2000年アタマに一瞬だけ幅利かせてたMIDIファイルってのは,ファイルサイズが軽量であることがメリットで,再生能力ってのはすべてそれを再生する音源によって決まっていたところがあります。結局,楽譜を忠実に再現しているという意味ではあれは音楽ってより「楽譜情報」でしかなかったんですよね。青空文庫のテキストデータをPCで読む最も簡単な方法はおそらくエディタソフトで閲覧することだけど,それは情報として意味を忠実に再現してくれることに徹したデータ(信号)をただ情報として受け取ることに等しいかと。

 MIDI(音楽)ならソフトシンセ(アプリケーション化されたシンセサイザー)を使って演奏することもできるだろうし,データをいじれる人であれば旋律ごとの音色を変えたり,一部のパートをミュート(消音)してデータを再生することができる。電子書籍に例えるならそれはひとつの書物を,明朝体にしてみたりゴシックにしてみたりすること,あるいは1行あたりにおさまるセンテンスの文字数をコントロールしてみたり,行間の空白をコントロールしてみたり,背景を白やセピアや黒にしてみるようなことなのでしょうね。KOBOもKINDLEもそのあたりはとても使いやすく出来ている。MACでいえば……かなり見当外れなことを言っているような気もするんだけど,LOGIC(ソフト音源を搭載したDTM専用ソフト)の使い勝手が劇的に良くなったから,MIDI音楽がリアルに聴けるってのと似たような物事かも知れません。まあMIDIをあえてLOGICで聴きたいなんて積極的に考えた人なんていないはずなんですけどね(笑)。データの軽量化で喜んだのは,初期の携帯の着メロユーザーとカラオケ関係者だけだと思うのです。

 話が横道に行っちゃったんで,また書物のほうに戻ってみます。

 紙の本をあえて買うことの意味って何だろう?

 たとえば今回買ってみたこの書籍を手に取ってみたら……まず表紙カバーのデザインと白さが目を引いた。あ,ハードカバー本の背の丸みって意外と美しい。この紙の触感ってまったく不快感がない。紙面が机上のLEDの光を反射する,その具合ってのが意外と読み心地に関係してる。表紙の純白とは逆に,文面に使われてる紙って真っ白なんかでない……「紙自体の色合い」ってのがちゃんとあるんですね。つまり,本って(情報媒体であることと並立,あるいは独立して)ちゃんと「モノ」として完成され洗練されうるモノだったってことです。

 で,とりわけフォント(書体)ってのが,読み手の印象を大きく左右します。この本でも特に強く主張されています。

「例えば,文字はよく声に喩えられるんです。僕らが言葉を誰かに伝えるための最もポピュラーな選択肢は,声か文字しかありません。ニュースを伝えるアナウンサーの声が重要であるように,書体は声なんですね。そこには明るい声もあれば,威厳のある声もある」
(「本をつくる」という仕事(稲泉連 筑摩書房2017.1)P.12 より引用)

 この本で私が真っ先に打ち抜かれた箇所は ↑ これなんです。

 どんな字体でどのぐらいの行幅でその本を読むか……前述したとおり,電子書籍ってそれさえ読者の側が選べてしまうんですよね。そこへフォントが「語り手の声色みたいなもの」って言われてハッとしたんです。確かにそうなんだ。書き手であるその人は,ゴシック体のような音圧のやや強い声色で語ったかも知れないし,明朝体のように繊細に囁いたかも知れない(章ごとにフォントが変わる小説とかってのは見たことがないけれど……そういうのも面白いアイデアかも知れませんよね)。で,ゴシックと呼ばれるフォントも様々,明朝体も然り。あるいは筆文字のように威厳を匂わせて語りたかったかも知れないし,丸文字のように気さくに話しかけたかったかも知れない。

 そういうわけで冒頭に書いたとおり,電子書籍データを買うというのが音楽でいえば「譜面を買った」ことに近いことなのかな——と思ってしまったのです。音楽についてMIDIを内臓音源に演奏させたものと,音声として収録された演奏が等価だなんて誰も言いませんものね。そんな感じで,電子書籍を買った私は何か紙本にあったはずの「生演奏感」を放棄してしまったのではないだろうか,と(笑)。iTunesでダウンロード購入した音楽(つまり音声ファイル)を例えるなら……それは裁断されスキャナで電子化された書籍(つまり画像ファイル)相当ってことにでもなるんでしょうか。だとしたら電子書籍を買うことよりは,まだ少しだけ放棄してしまったものが少ないってことなんだろうか。もちろん情報の本体が,一方が(聴覚を経由した)感覚,他方が(視覚を経由した)意味であるという大きな違いがあるわけですから,こういう論じ方で話を取り仕切ろうと試みている私のやっていること自体がただただ愚かでしかないのですが(苦笑)——とてもカオスでも,それでいて予想外に深いテーマになり得そうではあります。

 

 当初,私がこの本を買おうと思ったときに論点にしたかったのはむしろ,昔ながらの工程(活版印刷の写植,そして校閲)の部分だったのですが……著者の稲泉さんに誘われるままに読みすすめていくにつけ,むしろ私がさして重要視していなかった「紙選び」「装幀」のお話がものすごく気になりはじめてしまったのです。モノとしての本がこれほどにも「こだわり抜かれている」ってことを見失いそうになっておりました。

 「モノ」としての本って,美しいものだったんですね……。

 ひょっとすると,ハードカバー本で写真集なんか作れたりなんかして。。。私には残念ながらそんな写真撮影のセンスはなさそうですが。

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 なんか……とてもでないが,電子化のための裁断なんてできそうになくなってきた。そもそも昔から,買ったばかりの新本なんてなかなか裁断する度胸持てません(笑)。

 

 iPadが登場してスキャナーを購入し,書物を刃物でバラすということ——それは愚行だったのだろうか? 書籍がけっこうな置き場所を取ってしまうので,ある意味,定期的に淘汰せざるを得なかったというのがあったりはします。で,もうひとつ自己弁護させて頂くならば,文字情報に割り切った廉価な媒体ってのは実は大昔から存在していた——その名は文庫本。文庫本というのは,ハードカバー本から個性をすっかり排除した,画一的なスタイルを持っている。同じフォント・同じ文字サイズ・同じ紙質・同じ装幀・同じサイズ……それでいて廉価。そう考えるにつけ,

 ◯ 生演奏       = 著者の講演
 ◯ C D       = ハードカバー本
 ◯ MP3       = 文庫化された書籍
 ◯ SMF(MIDI) = 電子書籍

 類似性からみた関係はこんな感じになるんでしょうかね(笑)。

 ここまで書いて,もはや「書評」なんかではなくなってしまってるのだけど……将来の音楽も書籍もどうなるんだろう? アーティストのCDがちゃんと売れていき,ハードカバー本もちゃんと売れていく……というのが幸せなあり方なんでしょうね。CDアーティストにとって音楽自体もさることながら,歌詞カードやジャケットもひとつの(枠組の中に収められてはいるのだけど)表現手段であり作品であったわけで,音声だけが記録されたデジタル信号だけを切り売りすることは本意ではなかったでしょう。また買い手である我々にしても,コンパクトなプラスティックケースではあるけれど,「モノ」を所有することの喜びというのは合理化し切れない物事だったのではないかなあ(それこそLPレコードぐらいのサイズを伴わなければ,形あるものを所有する喜びが昇華されきれないような感じもしなくはない。むかしは「ジャケ買い」——音楽を聴いてもいないけどジャケットを見てLPを買う——なんてコトバもありましたし)?

 紙ざわりがこんなに愛しいものだったとは。紙から眼に届く反射光がこんなに愛しいものだったとは。ハードカバー本のフォルムがこんなに愛しいものだったとは(こんな風に書いてしまうと,何かすごく薄っぺらくなってしまう私のボキャブラリーの貧困さが悲しいのだけどね)。何か迂闊だったなあ,と。

 私の書いていることがあまりにも意味不明でごめんなさいですけれど,紙書籍ってものへのリスペクトが甦る1冊であることに違いありません。本当にいろんな方々に読んでみていただきたいです。電子書籍派の方には特に……改心なんかではなくて「経験」としてこの視点に触れてみるとほんと新鮮で面白いです ^^ 。

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